マサチューセッツ工科大学(MIT)教授 マイケル・ダーツゾス6

ギリシャでの経験と教育

「第二次犬戦が終わったのは、私が9歳の時だった。戦争中の悲惨さ----空襲とか死が日常的なことだった

        • からようやく解放されて、『これからはよいことばかり起こるぞ』という雰囲気の中で十代を過ごした。

少々の苦労や研究の挫折も、戦争中に比べれば何ともない。戦争を知らない人と比較すると、そういう強さは
あると思う」
−−−−−コンピュータ・サイエンスの研究分野に入った動機は?

 「高校生の時にシャノンの情報理論の本を読み、MITの先生になる決心をした。ギリシャ
高校を出てまずアーカンソー犬学に留学し、MITには犬学院の博士課程の時に移った。
その当時(1963年)には、この研究所の前身のプロジェクトMACというのがあり、そ
こでプロダラムを習った。最初にタイムシェアリンダ用のプロダラムを習って、後でバッチ式
のものを習ったのだが、こんな原始的なことをしていたのかと驚いたことを覚えている」

ギリシャ人であることが、コンピュータの研究をする上で役に立っているのだろうか?

 『今のギリシャ語は古代ギリシャ語に根を待っているし、伝統的なギリシャの教育法・学習法
といったことも現代のギリシャに生きている。特に対話や内省を通じて、ものごとの考え方を
教えることが重視されている。言葉が考え方を反映しているという説があるが、ギリシャ語の
正確さ、力強さもこうした伝統の一つの表現かもしれない」
 今でも二ヶ月に一度はギリシャに帰るというダーツーゾス教授は、ギリシャアメリカ人と
いうよりは、アメリカ国籍を持つギリシャ人といった方がぴったりする。子供の時、少年時代
に受けた影響や教育が、それほど決定的な力を持つということだろう。

 「若い時、特に中・高校での時期が一番大切だ。この時期によい手本に恵まれるかどうかで、
一生が決まると言ってよいだろう。私の高校はかなり特殊なのかもしれないがヽよい先生方が
多かった。偉人の伝記もずい分勉強した。卒業生のほとんどが国際的に活躍しているしヽ3割
アメリカに住んでいる。ギリシャの次期首相もここの卒業生だ。高校としては世界で最も優
秀な部類に属するのではないかと思う」

 ダーツーゾス教授は、現在この高校(Athens College)の理事の一人。となると、彼の出身
校賛美も少々割引いて聞く必要があるのかもしれない。だが日本の高校生、アメリカの高校生
の何割が、20、30年先に「白分は本当によい教育を高校で受けた」と言えるだろうか。
しかも、その教育は今でも続いている。
「最近、高校で習ったツキディデスを読み返しているが、素靖らしい。イラン問題でのカータ
ー大統領の姿が、2500年前の史書にはっきり描かれている」
これから2500年たって、世界がどのように変わっているのか想像もできないが、今日・明日
だけを考えても難問が山積している。

今日の世界で一番重要な問題は何か?

「一番重要なのは食料問題。次に核戦争の危険。その二つとはかなり離れて、エネルギーとか
医療・健康の問題があると思う。例えば、中国では国民の健康問題は一応解決されているよう
だが、食料については世界的に未解決の問題だ。そうそう、1980年中、私にとっての・一番
大きな出米事は中国に行ったということだ。まったく異なった文化に触れたことで、白分が若
返ったと思う。これで夢の一つが実現したことになる」


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