秋葉忠利 著書 “顔”を持ったコンピューター第3章

 いまから25年前、当時一流のコンピューター科学者10人に秋葉忠利がインタビューしてコンピュータの未来と人間の将来について書き上げたものです。今日は第3章シーモア・パパートの6です。


    知的に独立する子供たち
    
「このところ、三、四歳の子供たちにキーボードを使わせて研究をしている。動作は遅いが、
子供たちは何時間もキーボードを相手にして遊んでいる。
 普通、子供は話し言葉を最初に覚えて、かなり経ってから書き言葉でコミュニケートするよ
うになる。だがキーボードを使ってキーを打つ度にアルファベットがスクリーン上に映るよう
になると、書き言葉の習得はずいぷん速くなるだろう。書き言葉をマスターする方が、話し言
葉の習得より先になる可能性もある。
 鉛筆を持つより、キーをたたくほうが簡単だし、子供が話し言葉を先に習うのは文化的な環
境による差でしかないからだ。
 より積極的な理由としては、キーボードを通じて習得した書き言葉が、子供たちの持つ欲求
を満たすという点をあげよう。
 まず、キーボードをたたくことでコンピュータ・スクリーン上に変化が起こる。それを見て
は、自分で機械を操っているのだという満足感あるいは力を感ずる。さらに、大人と同じこと
ができたという喜びもある。
 こうして、幼い子供が書き言葉を学ぶことには、いくつかの利益がある。まず、書き言葉に
はなかなか近づけないために感じる無力感から子供たちが解放される。だがそれ以上に大切な
のは、大人への依存度が少なくなるということだろう。
 例えば、子供が何かを知りたいとする。今のままの状態が続けば、大人に聞くか、自分がそ
のことを経験してみるか、たまたまテレビで何かを見るかしない限り、子供は、知的好奇心を
満たすことができない。
 だが、キーボードをたたくだけで、例えばタイの象がどんなものを食べるのか知ることがで
きれば、素晴らしい世界が子供の前に出現する。実は現在5年計画で、子供用のさまざまな情
報を盛ったビデオ・ディスクを作製し始めている。大切なことは、子供が象の食べ物を知るこ
とではない。もし必要ならキーをたたくだけで、大人の助けを借りずにこうした知識を得られ
るのだということである。その結果、子供と知識との関係が一変することになる。
 すると、子供たちが本当に独立して物事を考えられるようになるかもしれない。しかし、あ
る期間大人に依存することが、人間の成長にとって本質的に必要なことなのかもしれない。あ
るいはヽ知的に独立することが子供の対人関係を急激に変えて、精神異常の原因になるかもし
れない。
 したがって、実際に子供たちを使ってこの種の実験をするには、もちろん、細心の注意を払
ブ必要がある。当然、心理学者、精神分析医、社会学者など、多くの専門家に協力してもらう。
万一、悪い影響が現われた場合、その兆候はどんな小さなものも見逃がさないようにしなくて
はならない」
 とはいっても少し冷静に分析してみると、最悪の事態が起こる危険性はそれほど大きくない
ども考えられる。二四時間、ほかのことは何もさせずにコンピュータの相手だけをさせるわけ
でもないし、そばには先生もついている。犬人と同じことをして子供が喜ぶというからには、
大人の節度ある態度を学ぶこともできるだろう。
 何だか、バイオリンやピアノの「鈴木メソッド」と共通な点もありそうだ。
 「鈴木メソッドでまず頭に浮かぶのは、子供に何ができ何ができないかという常識を破ったと
いうことだ。この点を強調するため私がよく使うたとえは、外国語を学校で習うのとその国で
生活しながら習うこととの違いである。学校では外国語の勉強に苦労するような子供でも、外
国に住めば簡単にその国の言葉を喋るようになる。最近になって、数学も同様に学べるだろう
という確信が持てるようになった。コンピュータによって『外国』に相当する『数学の国』を
作ることができるようになったからだ。
 もう一つ、鈴木メソッドでは親と子が一緒に学ぶ。これはとても大切なことだと思う。いず
れにしろ、鈴木メソッドは私にとって重要なモデルである」
 鈴木メソッドで強調するのは創造力であり、人間性の豊かさということだろう。しかも、子
供たちのまわりにある文化的環境を豊かにすることもパパート教授の目標の一つである。する
と、詩とか音楽、絵といったものに代表されるような、いわば芸術的な環境にも重きを置くベ
きではないのだろうか。
 「コンピュータが実に多くの形をとって現われることが鍵になる。例えば、子供が絵を描くと
いっても紙を使うのか、コンピュータのスクリーンを使うのか、この辺の区別が将来はっきり
しなくなるだろう。ミンスキー教授の言うように、家の中のどの蝶番にもマイコンが付いてい
るような時代になるだろうからだ。将来、手ざわりとかにおいとかいった価値が薄れるかどう
かは、これからコンピュータ文化を形づくる人たちの肩にかかっている。音楽を愛する人たちが
コンピュータ文化の担い手になれば、音楽はいつまでも残るだろう。しかしこれまでのよう
に、一番抵抗の少ない道をただそれだけの理由で選ぶという行き方は好ましくない」
そろそろ時間切れである。話題を変えよう。
・・・・・日本についての特別な期待あるいは提案は?
「日本ではアメリカほど、コンピュータを使ってのプログラム学習が普及していないようなの
で、私の考えているような形でコンピュータと教育が結びつくのに抵抗が少ないのではあるま
いか」
・・・・・趣昧は?
「学ぷことなら何でも好きだ。漢字も趣味で勉強した。中華料理のメニューはだいたい読める
し、料理法も中国語の本を見て何とか分かる。それに飛行機。小型飛行機でアクロバット飛行
をする。
 それと料理。食べるのも作るのも好きだ。この秋IFIPの会議で日本に行ったが、魚市場
を見ることができて嬉しかった。いつの日か、あの魚市場の隣に住んで、新鮮な魚料理を作れ
たらと思っている」
・・・・・世の中で一番大事なことは?
「子供たちが自分自身でものごとを考えるようになること」

広島ブログ
秋葉市長が25年も前にコンピュータ時代を予測して、当時の最先端科学者をインタビューした本です
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