秋葉忠利著書 “顔”を持ったコンピューター 第6章

いまから25年前、当時一流のコンピューター科学者10人に秋葉忠利がインタビューしてコンピュータの未来と人間の将来について書き上げたものです。今日は第6章、アラン・パリースへのインタビューです。

  VLSIと人工知能

 ボストンからニュー・ヘイブンまでは車で二時間半。マサチューセッツ・ターンパイクとル
ート84、保険業界の一中心地であるハートフォードを通ってルート91と快適なドライブだが、
制限時速の五五マイルで走っている車はほとんどいない。エネルギー危機以前の制限時速は65
マイル。車で2時間もかからなかった記憶があっただけに、改めてアメリカの広さに気がつ
いた。
 コンピュータ科学教室の5階、広いドアを開けると車椅子に掛けたパーリス教授が出迎えて
くれた。一瞬鑑真和上の像を連想した。話はまず、The Computer Age 中のパーリス教授の論
文 “ コンピュータ・サイエンス研究の最前線 ” から始まった。
「あの論文を書いてから今日までの間に、大きな変化は起きていない。しかし、当時すでに現
われつつあった傾向がより明確になってはきた。特に二つの点でこれを感ずる。一つは、VLSIと
それに関連した複雑性の問題だ。新しく始まった分野ではないし、最近になって驚異的
な研究成果があがっているわけでもないが、ますます多くの優秀な人達が研究を続けている。
実り多い結果が期待できる。もう一つは、人工知能学(AI)がより充実するだろうというこ
とだ。この分野でも最近2,3年間に画期的な仕事がなされたとは言えないが、小型で低価格
のコンピュータが普及してきたこととも相挨って、人工知能学の研究成果が商業べースに乗る
1歩手前まで来ている。
 ここで、コンピュータ科学について、私の信じている簡単な原理に触れておきたい。それは、
コンピュータの行うことは漸近的には脳の働きと同じだということであり、プログラムと人間
の思考も漸近的に近づいているということである。人間が自分の思考を意識的に外側から分析
して、それをアルゴリズムなりプログラム用言語、コンピュータの設計やさまざまな応用に翻
訳して行くこと、それがAIでありコンピュータ科学であろう。10年の内にどれだけ脳に近
づくか予測するのは困難だが、研究は着々と進んでいる。
 例えば、VLSIの設計や製造にはAIが必要不可欠だ。コンピュータ・プログラムを使っ
て設計やテストを行うが、それにはAIの重要な一部である発見的な手法が取り入れられてい
る。あるいは、医学の分野での応用もある。MYCINとかDENDORALといった古典的
なプログラムに加えて、最近ニューョーク州立大学ストーニー・ブルック校でSYNCHEM
と呼ぱれるものが作られ、好評を博している。これは、有機化合物の合成をするためのシステ
ムだが、大学だけでなく製薬会社でも使い始めている典型的なAIのプログラムだ。  
 自然言語処理という分野では、ここのロジャー・シャンク教授の研究が好調に進んでいる。
これはUPI通信網から送られてくるニュースをそのまま受け取り、特定の話題に関係のある
ニュースだけを選び出すというシステムで、スクリプトと呼ばれるライブラリーを使っている。
例えば、テロによる外国政府とか企業の乗っ取りに関係のあるニュースと指定しておけば、そ
れを全部拾い出してくれる。もっとも今のところ、精度は75%ほどだが、5年から10年先
には使い物になると思っている。すでに新聞社・雑誌社が関心を示している。もちろん、人間
にもできる仕事だが、テレタイプの前に座りづめというのも退屈なものだから、歓迎されるの
ではないか」
 初めのうちはゆっくりした口調だったが、この辺りからパーリス教授の話に熱が入りだした。
しかもこの日は、午後からコンピュータの移動があるとのことだったにもかかわらず、2時間
以上、密度の高い話をしていただいた。その話し振りも、根っからの教育者を思わせた。大切
なことは、表現を変えて必ず二度くり返してくれる。抽象的な話が少し長いと思い始めると例
がでてくるし、所々毒を含んだ発言もでてきて、まったく退屈しない。学生の間でも人気があ
るはずだ。
 「さて今まではコンピュータ科学、特にAIと外との関係を話したのだが、内部はどういう状
態か見てみよう。ペンシルバニア大学のソール・ゴーン教授の説によると、人文・自然科学な
どの学問分野が生き残るためには、その分野の扱う問題が解決不可能であることが必要だそう
だ。医学は人間ができるだけ死なないように、教育学は勉強したくない生徒にものを教えると
いう不可能に近いことを目ざしている。だから今でも続いている。その意昧では、ALも生き
残れる。人間の脳が相手なのだから当然だ。脳は数限りのない問題を提供してくれる。しかも
その研究には、規模の犬きなプログラムが必要になる。するとプログラムの効率とか、正しさ
という問題も生じてくる。複雑性の処理も重要になる。複雑といえば、それが原因で数値解析
が甦った。エネルギー不足から複雑な技術の極致を尽してエネルギーを確保することが必要に
なった。物理学の最先端を行く問題からも、今までは必要とされなかった問題の解決が重要な
ことになった。それが、偏微分方程式の数値解を求める効率のよいアルゴリズムの需要を作り
出した。同時に、コンピュータの性能は向上し、1ドル当たりの計算量も質も上った。こうし
て、コンピュータと数値解析のより密接な関係が生まれている」   



広島ブログ
秋葉市長が25年も前にコンピュータ時代を予測して、当時の最先端科学者をインタビューした本です
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