秋葉忠利著書 “顔”を持ったコンピューター 第7章

いまから25年前、当時一流のコンピューター科学者10人に秋葉忠利がインタビューしてコンピュータの未来と人間の将来について書き上げたものです。今日は第7章、ロジャー・シャンクへのインタビューです。

          人工知能に賭けるエールのボス
    エール(YALE)大学教授  ロジャー・シャンク Roger C. Schank

 
人間的教育 

・・・・・コンピュータによって負担の少なくなる先生方が、より人間的な役割を果たすというこ
とだが、もう少し具体的にいうとどんなことを指すのか。
「例えば芸術的なこと、つまり音楽とか絵とかいったことだし、手を使うこと、文章や詩を書
くこと、人間同士仲良く暮らすための教育といったことだ。それに対して、地理や歴史、数学
といった教科はコンピュータに任せてもよいのではないか。私の子供は小学校三年生だが、先
生よりよくできる。こういう生徒のためにも、コンピュータを使って自分なりのペースで勉強
させた方が、幸福ではないのだろうか。幸福といえば、世の中にはいやいやながら仕事をして
いる人が予想以上に多い。朝から晩まで工場でいやいやながら鋲を打ち、家に帰ればビール片
手にテレビの前で寝るまで過ごすというのが典型的な一日だ。好きで仕事をしているのならと
もかく、大方の労働者はこんな仕事から解放され、われわれにとっては大したことではないか
もしれないが、自己表現の方法を与えられることによって、生活の質が向上することになる。
これはよいことであるはずだ」
・・・・・ワイゼンバウム教授が現状を理想化しているということだが、今の話を聞いていると、
現状の理想化の代わりに将来コンピュータが行い得ることについての理想化が行われているの
ではないか。ずいぶん評判の悪いアメリカの学校教育にしても、学校教育が導入された初期の
時代には、『どの町にも最低一つは学校ができるようになれば、アメリカは素晴らしい国になる』 
式に将来の理想化が行われていたのではないか。
「いや私の言いたいのは、将来・・・・・それが10年先か20年先になるかは分からないが、少な
くとも50年のうちには・・・・・今のテレビと同じくらい、コンピュータが各家庭に入り込むだろ
うということだ。その時、よいプログラムがあれば社会が少しなりとも改善されるだろう。し
かも、先生にしても、最高の力量を持った先生を選んでその先生をモデルにしたプログラムを
作ることで、どんな片田舎でも一流の教育が受けられる。
 こうしたプログラムを作ることは可能だし、十分な研究資金に合わせて、能力と動機を兼ね
備えた研究者が10人いれば10年もかからずにできるのではないだろうか。アポロ計画など
に比べれば、はるかに小規模な投資ですむわけだ」


広島ブログ
秋葉市長が25年も前にコンピュータ時代を予測して、当時の最先端科学者をインタビューした本です
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