秋葉忠利著書 “顔”を持ったコンピューター 第9章

いまから25年前、当時一流のコンピューター科学者10人に秋葉忠利がインタビューしてコンピュータの未来と人間の将来について書き上げたものです。今日は第9章、ジョゼフ・ワイゼンバウムへのインタビューです。


     愛を説くコンピュータ・サイエンチスト
     <マサチューセッツエ科大学(MIT)教授     

 ジョゼフ・ワイゼンバウム  jaseph Weizenbaum



科学者の社会的責任と科学の軍事利用
  
 「社会的な問題にずっと関心があったことはたしかだが、今あげたようなソフトウエア開発の
仕事に携わっていた時分には、私も人並み以上に熱心な研究者だった。その理由は簡単だ。
この分野で仕事をするのは、とにかくおもしろいということである。だがその頃、アメリカに起
こった多くの出来事が契機になって、私は問題をもっと深く掘り下げて考えるようになった。
 まず60年代には、人種問題が表面化してきた。マーチン・ルーサー・キング師を中心とす
公民権運動も盛んになってきた。それに加えてベトナム戦争が起こった。ヒットラー政権下
のドイツで育ったユダヤ人として、私は少数民族が憎まれ差別されるとはどういうことなのか
身に染みて知っている。だから、公民権運動には積極的に参加したいと思った。ベトナム戦争
の偽善性にもすぐ気がついたが、同時にヒットラー政権下でのドイツの学者たちの態度を思い
出さずにはいられなかった。少数の例外はあったが、当時の学者のほとんどはヒットラーとナ
チスのイデオロギーを熱心に、進んで採用していった。それを考えると、自分はその時点で、
大学に籍を置く人間として、反戦運動に参加する特別の貴任があると感じていた。その結果、
社会一般で何か起こっているのか、特に自分の専門であるコンピュータ科学、あるいは同僚の
コンピュータ科学者たちがいったいどんなことをしているのかについて、以前にも増して注意
を払うようになった。
 ちょうど同じ頃、例の〃イライザ〃というプログラムを作った。たしかに世間の注目を浴び
たが、〃イライザ〃を誤解する人も非常に多かった。それが元になって『いったい、私たちは何
をしているのか』という問いを発することになった。いったんこの問いを発すると、それに続
く疑問に歯止めをかけることはもはやできなくなる。『コンピュータに関わっている人びとは、
どの程度軍拡競争に貢献しているのか』、『そうした研究・開発には誰が金を出しているのか』、
あるいは『なぜ、そんなことに金を出すのか』といった問が次々に頭をもたげてくる。
 歴史をふり返ってみると、1940年代の中頃から50年代の初めまで、コンピュータにつ
いての研究はほとんど国防総省からの援助で賄われていた。つまりコンピュータは軍事用の機
械だと考えられていた。それは、今でもあまり変わっていない。アメリカでのコンピュータ研
究のかなりの部分は、依然として軍中心であり、軍から研究費をもらっている研究者が軍の望
むような研究をすることも当然だろうし、事実そういう研究をしている。これがとても心配な
ところだ。問題はコンピュータ科学に限らず、それ以外の科学技術研究をとっても軍主導型の
研究体制になってしまっているという点にある。
 私の属しているMITのコンピュータ科学研究所を例にとると、その予算の半分をはるかに
超えた部分が、軍関係のものになっている。ここで軍事、軍事と言っているのは、世界的に軍
拡競争が激しくなって、現在の世界状況がとても危険なものだと思うからだ。核戦争の起こる
可能性は日ごとに増している。今や、人類の生存が危機にさらされていると言ってよい。こん
な方法で科学や技術の研究開発を行うことは早晩、止めなくてはならない」
 話が佳境に入ってきたが、「これがとても心配なところだ」の段では頭をたれて二度、同じ言
葉をくり返したワイゼンバウム教授の姿が印象的だった。目を閉じて声だけ聞くと、キッシン
ジャー元国務長官と同じくドイツ誼りがかなり強い。もっともデトロイト誂りも少し混ってい
る。そういえば、ウエイン大学を卒業した筆者の教え子で、デトロイト出身のD君も同じよう
な喋り方をする。一風変わったところはあるが、実に気の優しいところなど性格まで似ている
ようだ。人間誰しも、喋り方に性格がかなり反映されるということなのだろうか。



広島ブログ
秋葉市長が25年も前にコンピュータ時代を予測して、当時の最先端科学者をインタビューした本です
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