秋葉忠利著書 “顔”を持ったコンピューター  対談

″人間がより人間的″であるためにコンピュータとは何だろう
コンピュータ・科学・芸術・数学・文化・社会について語り合った、画家と数学者の対話
画家安野光雅 タフツ大学准教授秋葉忠利


コンピータ科学者の責任
    
 秋葉 これまでに出てきたことをまとめると、コンピュータ科学者、あるいはもっと広くコ
ンピュータとか情報・通信といったことに関連がある様々な分野の専門家への期待というか希
望ということになるように思うのですが・・・・・。
 それを言う前に、一つ大事なことがあるように思います。それは、例えばコンピュータ科学
者だけを取り出して、彼または彼女の純粋な役割などということは考えられないのではないか、
ということです。ちょうど、単語を一つ取り出しあるいは文章を取り出して、その純粋な意見
を述べようというのと同じではないかと思います。コンテクストとか文脈、人間の場合はまわ
りの組織とか社会を考えた上でないと、科学者の役割もはっきりしないのだという反省が、最
近いろいろな分野の科学者の間から出てきています。
 特に、政治的絡みになったり、利害関係が入り組んでいたり、官僚機構ががっちり枠をはめ
ている場合に、このことははっきりしています。例えば、タバコがよい例です。政府がタバコ
は健康に害があると明言し、広告の規制を行うのと、タバコをもっと売るべく広告するのとで
は大きな違いが出てきます。それも、他人の健康を預かる医者が自分は大丈夫とプカプカやっ
ていたのでは、何も知らない人があれなら新聞で騒いでいるほどのことはないと考えても仕方
がないように思います。
 「自分は小児科が専門だから、肺癌のことまで責任を持てない」と言う医者と「少なくとも、
現時点では、タバコは健康に害のあることが分かっている。それを、自分に可能な限リ最善の
方法でできるだけ多くの人に伝えることは、自分の医者としての責任の一部だ」と言う医者と
の違いを考えてみて、どちらが責任ある科学者の態度なのだろうという反省あるいは批判が最
近医者だけでなく科学者一般に向けられるようになってきています。もっとも、医者は科学者
ではないというのなら話はまた別です。
 コンピュータの進歩を考えると、コンピュータ科学者の責任は重くなりこそすれ、軽くなる
ことはまず考えられない。喫煙の例ほど黒白のはっきりしないものが多いにしろ、科学は最終
的には誰に対して責任を取るべきなのかという点から始めて、やはり社会的に責任ある行動と
はどうぃうものかもう少し考えてもよいのではないでしょうか。
 念のために断っておくと、これは自省の意味を含めて、その他の科学者や技術者についても
言っていることなので、コンピュータ科学者だけが特に無責任だと言っているわけではありま
せん。
 同時に科学者や技術者の責任を問う時に、ほかの問題をごちやまぜにしないことも大切でし
ょう。良い例が原子力発電の問題で、放射性廃棄物の安全な処理の仕方があるのかどうかとい
うことと、仮にそういうものがあっても、企業が杜撰な取扱いをするということは次元の違う
問題でしょう。
 そういう前提条件を述べておいて、ではコンピュータ科学に何を期待するかというと、まず
学際的な研究。初期には、コンピュータを使うというだけが強みでどんな分野にも入り込んで、
コンピュータをあまり知らないその分野の専門家を驚かしていたような面もありましたが、最
近は内容のある研究も多くなっている。これをもっと推進してほしい。同時に、ほかの分野を
深く勉強することも必要でしょう。コンピュータによる自然言語理解など特にその感が強い。
 それから、科学研究の新しい方法論を生み出すことができるのではないか。例えば、自分自
身を対象にした研究。コンピュータ科学で扱う対象は、粗く言うと情報ということになります
が、そのコンピュータ科学についてのいろいろな情報もある。それをも近似的には、対象にも
できるのではないか。
 それと、情報と直接経験の関係を、もう少し明らかにしてもらいたい。人工知能学の一分野
かもしれないが、将来を考える時にやはりこの辺が一番大事な所だと思うので・・・。
 社会への還元の仕方も、一工夫してほしい。その中には、一般市民にコンピュータ科学の研
究内容を知ってもらうのにはどうしたら良いか、というようなことも含まれる。市民の側が、
努力してコンピュータを使えるようになることも必要だが、手遅れにならないうちに、市民に
対して開かれた研究体制を作っておいた方が、後々のためになるのではあるまいか。
 その他、具体的なレベルでは、使いやすくて安い日本語ワードプロセッサーとか、いろいろ
ありますがー−。どうも教師というのはお説教が好きで困ります。いや歳取ってきた証拠かも
しれませんがー−。


広島ブログ
秋葉市長が25年も前にコンピュータ時代を予測して、当時の最先端科学者をインタビューした本です
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