秋葉忠利著書 “顔”を持ったコンピューター  対談

″人間がより人間的″であるためにコンピュータとは何だろう
コンピュータ・科学・芸術・数学・文化・社会について語り合った、画家と数学者の対話
画家安野光雅 タフツ大学准教授秋葉忠利



        どんな人間に近づくか(3)

 安野 コンピュータがなくちや困るというジャンルは、意外に狭いと、ぼくは思っているの
ね。ごはんの炊き方から料理の仕方から、クリーニングの末端までそんなにコンピュータに頼
らなくてもいいんだから……。コンピュータが役立つ範囲っていうのは、本当は少ないのに、
増やしているんじやないかって気もするんだよね。ニーズを演出して作って、コンピュータを
売らなきやならないっていう現象がありはしないか。
 秋葉 しかし、肯定的な意味でも否定的な意昧でも、コンピュータが人間の社会を大きく変
えていることは否定できないですね。例えば、もしコンピュータがなかったら、税制なんかそ
うですが、追いつかないから、どんな人からも10%とる、例外いっさいなく、というふうに
なったかも知れない。その方が、かえって公平だったかもしれないですよね。そういうふうに
ならなかったのは、コンピュータが出てきたから……。そうすると、こっちに来るかあっちに
来るか、コンピュー夕があることによって決められているというところがある。
 安野 それはありますね。コンピュータがなかったら、どうなったかね。考えて見たら、や
はり心配になることが多い。なくても済んでいたものが、なくちゃならなくなる、という意味
もあります。この間ふと思ったんだけど、色盲検査表って、それがなかったら色盲もなかった
と思うのね。これを押しすすめると白人とわれわれとが同じものを違えて見てるかもしれぬ話
になるんだけど。
 秋葉 曲座標使って円を表わすと一次式でできるでしょ。R=Aでいいわけですよ。ところが
直行座標使っての一次式は直線になっちゃう。ことによると、ものの見方ってそんなところが
あるかもしれない。例えば、西洋人は直行座標使って、日本人が曲座標使っているとするでし
ょ。そうすると、日本人は一次式だ一次式だって言って意志の疎通ができているつもりでも、
日本人は円のことを言って、アメリカ人は直線を考えているかもしれませんね。
 安野 それは大ありでしょう。翻訳っていうのは、そこんとこをうまくやるから成り立つと
いう気がしますね。一流の和尚がお経をふきこんだテープというのがあるんですね。レコード
でやるんなら、お経をあげない方がまだいいと思うね。
 ロボットが老人を看病するという話もあるけれども、ある意味ではいいと思うけど、ロボッ
トに任せることによって免罪符を得られた感じになるのはどうかと思うんですよ。
                      ◇
 延々数時間に及ぶ対談で話は多岐にわたり、かなりの部分割愛せざるをえなかった。オフレ
コの話の方がおもしろいのだが、それは今回に限ったことではない。
 だが、この数時間ひしひしと感じたことは、安野さんも筆者も戦後の生活を少しは知ってい
るということである。
 たとえばDDT。万能薬のように崇め奉っていたものが、最近は有毒物質として使用禁止に
なっている。脂肪を取れと家庭科で教えられ、十分取り始めると、「あれは心臓によくないから
止めろ」だし、何でも抗生物質を使えという風潮にこちらが染まると、菌の方に耐性ができて
しまったりする。
 初めにあおっていた人たちも、世のため人のためと思って努力したことには違いないのだろ
うが、マッチ・ポンプ的な事例があまり多すぎると、良いことづくめの宣伝には「またか」と
反応Lたくなる。
 そういえば夏の間、アメリカではビデオ・ゲームのやり過ぎで手首や腕に異常を訴える子供
たちが増えたそうだ。テニス・エルボーならぬビデオ・リストなのだが、ウォークマン・フラ
クチャー(複雑骨折)というのもあるそうだ。半分冗談だろうが、ウォークマンを聞きながら
道を渡っていて、向こうから未る車の警笛が聞こえずに蒙る骨析だそうである。
 選択の余地が広がるのは結構だが、視(聴?)野が狭くなって自分の耳に快い音だけを聞く
ことが、いかに危険か強調するための寓話だとすると、かなり良くできているようにも思うの
だが。




安野 光雅(あんのみつまさ)
 1926年島根県津和野生まれ。山口師範卒業後、小学校教師を経て画家となる。一男一女
の四人家族。’74年度芸術選奨文部大臣新人賞、ブルックりン美術館賞、ボローニア国際児竃図
書展グラフィック大賞などを受賞。主な著書には『ふしぎなえ』『旅の絵本』『絵本・わが友石
頭計算機』『算私語録』『安曇野』など。





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秋葉市長が25年も前にコンピュータ時代を予測して、当時の最先端科学者をインタビューした本です
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