アメリカ人とのつきあい方  1 サマーズ家の日々

      兄弟げんか

 朝、家を出るときのあいさつも「行ってきます」「行っていらっしゃい」でなく、
“ See you later.” や “ Have a good day.” ですし、帰ってきたときには、
“ Mom,I'm home.”だったり、“Where is Steve ?”だったりします。親からの問いかけも
“ How waz school?”とか、“How was your day?” がふつうです。子どもは自然にその日
に学校であったことを報告することになります。
 試験の結果がどうだったか、宿題の発表はうまくいったのか、生徒会ではなにを討議し
たのか等、朝食のとき、あるいはそれ以前に、何度も宿題や学校の話をしていますから、
その日、学校でどんなことが起っているのか、どんな心配をしながら学校に出かけたのか、
親のほうでもだいたいの様子はわかっています。親子のあいだに共通の理解があるので、
“ How waz school? ”だけで英語の宿題の話になったりするのです。もちろん、もっと具体
的に、“How did tbe recitation go ?”(「朗読うまくいった?」)などと、朝の心配事が
そのまま午後の会話の糸ロになることもありました。
 スクール・バスに乗ってまっすぐ家に戻るときは、夕食まで2時間ほど時間があります。
2階に上がって宿題にとりかかることかほとんどでしたが、たまには近所を散歩したり、
サマーズ家の蔵書を読んだり、レコードを聴いたりしました。
 スティーブは一人っ子で、それまでなんでも自分の思うとおりになる生活をしてきてい
ましたし、私は長男で、日本では弟や妹より優先権かあってあたりまえだと思っていまし
た。しかし、住んでいるところはスティーブの家ですし、まわりのものはすべて、したが
ってレコード・プレーヤーも彼のものですから、彼に優先権があって当然です。でも、た
まにはこちらの気持を考えてくれてもよいのではないかと思える日もありました。
 彼はジョン・ウェインが好きで、ジョン・ウェイン主演の『ホース・ソールジャー』と
いう映画を見たあと、毎日サウンド・トラック盤をかけていました。私も最初のうちは違
和感をもったのですが、しばらくすると、なかなかよいテーマ音楽だなと思うようになり
ました。
 1週間ほどして私の注文した『戦争と平和』のサウンド・トラック盤が手に入りました。
アメリカではじめて買ったLP、いや、生れてはじめて買ったLPレコードでした。わく
わくして家に着いたときに、ちょうどスティーブが『ホース・ソールジャー』をかけてい
ました。終るまで待てばよかったのでしょうが、私は新しい本はすぐ読みたい、もらいも
のはその場で開けてみたい、新しいレコードはすぐ聴きたいほうなのです。スティーブに
「ぼくのレコードを聴きたいのだけど…」といったのですが、「ウン」といってくれません。
「新しいレコードを買ってきたのだから」と説明してもだめ。待てばよかったものを
何回かくり返したので、ついにスティーブが怒り出しました。
 彼の怒嗚り声にマムが仲裁に乗り出してきましたが、結論が出る前に『ホース・ソール
ジャー』は終りました。そのときのマムの裁定がどうだったか憶えていません。以後、面
倒くさいので、レコードはスティーブがプレーヤーを使っていないときにだけかけること
にしました。
 1年近くいっしょに生活したものの、スティーブとは心からの友だちにはなれませんで
した。しかし、考え方がちがい好き嫌いがあっても、なんとか折り合って生活する術は学
べたように思います。
家に帰って、だれもいないことも時たまありましたが、ホームシックになるのはそんな
ときが多かったように思います。たとえば、4月初め、日本から着いたばかりの学習雑誌
を1人で読んでいるうちに、涙が止らなくなったことがあります。同級生が私をおいてみ
んな3年になってしまったのだと感じたせいもありました。友だちは一所懸命勉強してい
るのではないか、そしていまごろ家ではなにをしているのかなど、友だちや家族のことを
思い出し、むしょうに日本に帰りたくなりました。でもあと数カ月だからと自分に言い聞
かせて、友だちからの手紙を読み返したり、こちらから手紙を書いたりするうちに
元気が出てきました。


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