秋葉忠利著書  アメリカの授業

             アメリカ人とのつきあい方

           2章 エルムウッド・パーク・ハイ・スクール

                     アメリカの授業 
 さて、授業中の教室の様子ですが、先生の板書を片っ端から生徒がノー卜に写す
日本のやり方とはまったくちがっていました。宿題は教科書の何ページから何ページまで
読んでくる、というものが多く、教室では読んできたことについてのディスカッションが中心
になりました。たとえば、「この詩について現代という角度から見るとどういうことがいえるで
しょうか」というような質問を先生が出し、生徒がそれについて考えるといった授業の進め
方です。詩の朗読はあっても、英語の時間に声を出して教科書を読むことはまずありま
せん。また、「上院議員の任期は6年がいいか、8年がいいか」などのテーマを決めてお
いて、図書館で調べた結果をみんなが報告して討論するというような授業もかなりの
ウェイトを占めていました。
 私たち生徒は、この手の宿題を大歓迎しました。というのは、宿題を口実に親の車を
借りることができたからです。こうして休日に親の車を借りてシカゴに出てしまえば、図書
館には2、3時間だけいて、後はドライブを楽しんだり、「おもしろい」と評判になっている
イベントを見たりして1日を過すことができたのです。
 いまでもアメリカの高校や大学では、学生が自分で調べることを前提にした授業が中
心になっています。重箱の隅をつつくようなつめ込みや知識の羅列はあまりありません。も
っとも数学や自然科学の場合には、宿題は問題を何題か解いてくることになります。量は
日本とそれほどちがいません。
 こういう授業の進め方ですから、生徒は活発に発言します。どんなつまらないことでも、
自分の意見を堂々と発言する姿勢があります。もっとも、大学で教えるようになってから
の数学の講義で、用語の定義をするたびにかならず「先生、全部書けませんでした。もう
一度定義をくり返してください」とリクエストする学生に出会ったときには困りました。
仕方がないので、定義と定理の一覧表を配って、同じことを2度ずつしゃべる苦痛から逃
れました。
 また、初対面の講師が教室にきて話をする場合にも、教室全体がその人の話を聞こう、
その人からなにかを得ようという態度が明白です。よくいえばその人を教室全体で歓迎す
る雰囲気を皆で作ります。そのために、どんどん手をあげて質問をするのです。それが、
講師と自分たちとの相互的コミュニケーションの第一歩だと考えているからです。度が過
ぎて、社会科の時間に教育実習に来たミス・ウィルソンを、シーバーソン先生のいないと
きに「歓迎」ぜめにして怒らせてしまったこともありました。
 EPHSでは、外国語は選択課目でした。しかし習える言語の数はたくさんありました。
西欧のことばが中心で、スペイン語、フランス語、ドイツ語、ラテン語ギリシア語、ロシア
語などですが、最近は日本語を教える高等学校もあるようです。
 課外活動として外国語のクラブ、たとえば、フランス語だったらフレンチ・クラブというような
外国語をしゃべるクラブ、つまり日本のESSのフランス語版ですが、そういうクラブも盛ん
でした。もっとも西欧についてはある程度の知識はもっていても、アジアについてはほとんど
なにも知らない人が多く、「日本は中国のどの辺にあるのか」と聞かれたこともあります。
アメリカ人の高校生がもっている外国についての知識は日本の高校生より貧弱でした。
現在はいくらか改善されてはいるものの、この点についてアメリカ社会は、まだまだ努力
しなくてはならないようです。でも、外国語とか美術といった課目は、学校の予算が少なく
なるといちばん最初に切られる傾向にあります。
 それを決めるのはアメリカでは地域の教育委員会です。市や町単位で組織されますが、
各委員は学区の代表という性格をもっています。地区内に住んでいて教育に関心のある
人たちが教育委員に公選され、その地区の学校の教育内容や入事・教育予算を決めて
ゆきます。
 ダッドは教育委員で、しばしば委員会に出席していましたが、大切な問題については帰
宅後、当日の議事内容を話してくれました。「お酒を飲んでいるの」と思わず聞いてしまった
ほど興奮している日もありました。それは、彼が教育委員として努力をしながら、結局、
少数派として譲歩しなくてはならなかった外国語教育についての決定がなされた日でした。
予算がないということで、ロシア語とギリシア語(だったと思うのですがー)がカットされたの
です。
 もちろん学校ごとにPTAもあります。名称は一律ではなく、ボストンのあたりではPTO
(最後のOはオーガニゼーションの頭文字です)と呼びます。日本とだいたい同じ組織で、
両親いっしょに出席する家庭もありますが、お母さんだけ出席するケースが圧倒的に多く
なっています。ですから、PTAの役員はお母さんが中心です。PTAの運営のために少額の
会費を徴収します。教育のための費用は税金でまかなわれますから、PTAか学校や先生
にたいして財政的な援助をすることはまったくありません。


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